カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」の奥深さを知る@京都市民読書会

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昨日、2016年2月21日、京都市民読書会に参加してきました。京都市民読書会への参加はこれが2回目です。

今回はその内容について早速レポートしたいと思います。

※ 1回目の参加レポートはこちら。

夏目漱石の「坊っちゃん」を再読してみたら面白すぎてやばい!@京都市民読書会

2016.01.18

課題本

今回の課題本は、カズオ・イシグロの「わたしを離さないで」でした。

今、毎週金曜日にドラマも放送されていますね。

参考:金曜ドラマ『わたしを離さないで』|TBSテレビ

今回の記事はネタバレになるような内容ではありませんのでご安心ください。

3時間の濃い議論

前回同様、14:00〜17:00までの3時間で「わたしを離さないで」について16人ほどで議論しました。

と言いつつ、今回わたしは小説をほとんど読み込めておらず、また考えもまとまっていなかったため発言はせずみなさんの話をただただ聞いておりました…w

いくつか面白いなと思った点をピックアップします。

作品のテーマ

「わたしを離さないで」では、臓器移植がテーマとして扱われています。

ちょっと長いですが、Wikipediaのあらすじ部分を引用しますね。

1990年代末のイギリス。「介護人」キャシーは、ヘールシャムと呼ばれる施設で育てられた「提供者」たちの世話をしている。そもそも、キャシーも生まれながらにしてヘールシャムで育った提供者である。施設を出て、大人となったキャシーは、閉鎖的なヘールシャムでの子供時代を回想していく。

ヘールシャムでの教育は、至って奇妙なものであった。「保護官」と呼ばれる教員たちによって、「展覧会」に出展するための絵画や詩などを作る創作活動や、毎週の健康診断などが実施されていた。キャシーが12、3歳だったころ、彼女にはトミーという親友がいた。彼は周囲の能力の差についていけずに教室内で度々癇癪を起こす生徒だった。しかし、ある日を境にトミーは騒ぎを起こさなくなり、それがキャシーにとっては疑問であった。ある日キャシーは、トミーに騒ぎを起こさなくなった理由について問いただす。すると、彼は「保護官」の一人であるルーシーの影響だと語る。トミー曰く、ルーシーには絵を描きたくなければ描かなくてよい、と言われたという。またルーシーはヘールシャムの方針に不満を抱いていることがトミーの口から明かされる。この話を聞いた頃からキャシーは、ルーシーのことを注視するようになった。

キャシーが15歳になったとき、ヘールシャムでの最後の1年の出来事であった。ある雨の日、ルーシーは生徒の「映画俳優になりたい」という一言を耳にし、突如生徒を集めヘールシャムの真実を語る。それは、「提供者」たちは臓器提供のためにつくられたクローンであり、ヘールシャムを出るとすぐに臓器提供が始まるため、将来の夢など無意味であるということであった。

参考:わたしを離さないで – Wikipedia

だけど、本当のテーマはそこではない。決められた運命の中で人はどう生きるのか、生とは、愛とは何かと深く考えさせられます。

著者のカズオ・イシグロさんはあるインタビューでこのように仰っています。

いくら表面的に面白くても、物語は奥深いものを秘めていなければならない、と常日ごろから考えている。クローンでもそれ以外の科学を扱ってもいい、作家はありとあらゆる事柄を表現しようするが、それでも結局、いつも同じ質問に返ってくる。つまり、〝人間とは何か?〞ということだ。人は愛し、傷つき、憎しみもする。そこに真実が存在する。それらの感情をすくい取り、言葉に込めていくことで、小説は読者に訴えかける力を得る

参考:『わたしを離さないで』──カズオ・イシグロ 過去と向き合い、自分を見つめること。真摯な作家からの伝言|映画(ムービー)|GQ JAPAN

この作品は設定がありえない、とても人工的なものとなっており、それが逆に登場人物の心理描写を際立たせているのだという意見がありました。

また、最初に読んだときは設定がなかなか受け入れられず、2回目に読むと面白さに気付けたという意見も。わたしはまだ1回しか読んでいませんが、今回の読書会を受けて再度じっくり読んでみたいと感じました。

語り手のウソ

この小説は、最初から最後まで登場人物のひとりであるキャシーが語り手となっています。

ということは、この話は全てキャシーのフィルターがかかっているということなんですよね。彼女にはきっと何か隠したいことがあって、ウソをついている部分があるかもしれない。

言われて初めて「そうだよな」と思いました。面白いなぁ。

天気の描写

不安を感じさせる天気の描写が多いという意見がありました。重要なポイントで雨が降っているシーンが多いと。

言われてみれば確かにそうですが、これも言われて初めて意識しました。面白いですねぇ。

翻訳 VS 原作

「わたしを離さないで」は翻訳で、原作は英語です。言葉として違和感を感じるところは、原作だとどう表現されているのだろうかという話が何度かありました。

提供者と介護人

臓器移植がテーマとあって「提供者」「介護人」という単語が出てくるのですが、なんだかこの翻訳はちょっと違和感があるような…という意見が。

原作ではシンプルにそれぞれ“donor”“carer”となっているようですね。介護人はともかく、提供者についてはドナーと言ったほうが言葉としてはしっくりきそうです。

過去形と現在形

小説の中で、「ここが現在形なのがどうも気になる」という意見の出た箇所があったのですが、原文では過去形でした。

都合もあるのでしょうが、やはり翻訳は翻訳の表現なんですよね。映画でも小説でもこういう違いがあると知ると、その作品が作られた言語で観る、あるいは読みたいという気持ちになります。

関連情報

「わたしを離さないで」の関連情報をまとめておきます。

小説

Never Let Me Go

「わたしを離さないで」の原作です。

日の名残り

カズオ・イシグロさんの代表作です。

忘れられた巨人

こちらもカズオ・イシグロさんの作品として有名。

漫画

萩尾望都(はぎおもと)さんの漫画です。

「わたしを離さないで」を読んで連想したという方がいらして、ちょっと気になりました。

映画

わたしを離さないで

アメリカで制作された映画。

アイランド

こちらもアメリカで制作された映画。

映画の中でクローンが扱われているようで、参加者の方が「わたしを離さないで」を読んでこの映画を思い出したと仰っていました。

私の中のあなた

これまたアメリカで制作された映画。これもテーマが似ていたので、話題にのぼりました。

白血病の姉のドナーになるために生まれた妹が、親を訴えるという話だそう。「わたしを離さないで」に比べると内容がいかにもアメリカ的ですね(笑)

でもちょっと気になります。

舞台

2014年に蜷川幸雄さんの手によって舞台化もされていたようです。この作品が舞台でどのように表現されていたのか、気になりますね。

参考:『わたしを離さないで』|彩の国さいたま芸術劇場

まとめ

京都市民読書会では、参加者のみなさまの教養の深さにいつも圧倒されています。他の作品や著者自身に関することや小説が書かれた当時の時代背景など、無知なわたしは心の中で「へぇ〜、そうなのか!」を連発w

いかに自分の読み方が浅いのかを知ります。

また、最近は勉強会にも積極的に参加するようになりましたが、こういった議論の場は未だに苦手意識があります。なーんかいろいろ気にしてしまって、発言できないんですよね。。

でも他の方が、「わたしはこう思う」「わたしはそう思わない」というやりとりをなさっているのを見て、こんな風に表現すればいいのだなということを学んでいます。

人と見方や感じ方が違っていい、というか違って当たり前であり、違うからこそ新しい視点が生まれて多角的にひとつの物事を見ることができるんですよね。

やっぱりこういう場にも参加していくべきだ。楽しい。

ちなみに「わたしを離さないで」とは関係ありませんが、参加者のおひとりが「駅に一編の詩が出てくるガチャガチャがあったらいいのに」と仰っていたのがとても面白いアイデアだなと思いました。

電車を待つ間、ガチャガチャで出てきた詩を読む。何気ない時間が、なんとも贅沢な時間になると思いませんか?素敵です。実現してほしいものです。

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