ぱっかーん奮闘記 11 : うまく伝えられない想いと母からの手紙

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2015.11.30

ずっと蓋をしてきた想い

心屋仁之助さんのBeトレに行った帰り道、わたしの中に湧き上がってきたのは「一人暮らしがしたい」という想いでした。

わたしは大学入学を機に大阪から京都へ出てきたのですが、同じく大学入学を機に先に京都へ出ていた姉とふたりで暮らしていました。その後ほどなくして親が離婚したため、そのときから社会人4年目に至るまでは母と京都でふたり暮らし。実家を離れたものの、結果的に一人暮らしをしたことはありませんでした。

大阪に住んでいた頃から一人暮らしに対する憧れはずっとあり、実は2年ほど前に軽い気持ちで「一人暮らししたい」と母に伝えてみたこともあったのです。しかし、そのとき母はとても寂しそうな顔をして泣き出しました。

そのときに「一人暮らしをすることは母を悲しませることだ」と悟り、自分の本当の気持ちにずっと蓋をしてきたのです。

一人暮らしをしたいとは思っているけれど、母や他の家族を納得させるだけの理由はない。それに、わたしが一人暮らしをすれば余分にお金がかかるだけで、誰も得をしない。このままでいれば、みんな幸せじゃないか。

そうやって自分で自分の想いに蓋をして日々を過ごしていく中で、いつしかその想いが自分でも見えなくなっていました。でもそれは見えなくなっていただけで、ずっとわたしの中に存在し続けていたのです。

心屋さんのBeトレに参加して、そのことに気付きました。

母とぶつかることへの葛藤

しかし、わたしはそれを母に伝えるかどうか正直とても悩みました。

わたしは子供のころから母のことが大好きで、母にはいつも幸せでいてほしいとずっと思っています。でもその想いが強い分、母を悲しませたり不安にさせたりするような行動を必要以上に避けてきました。自分の本音が違うところにあっても、それを隠しながら母と接していたのです。

仕事でしんどいことがあっても、心配をかけたくないから言わない。構われすぎて面倒だなと思っても、傷つくだろうから言わない。

 

「大丈夫」

「疲れてないよ」

「何もないよ」

「わかった」

 

母と話していて、わたしの口から出るのはそんな上辺だけの言葉ばかりでした。

「一人暮らしがしたい」と伝えれば、確実に母を悲しませ、母とぶつかることになります。それはわたしにとってすごく嫌だし、すごく怖いことだった。

でもそう思う一方で、今までそんな風に過ごしてきた反動からか、母と一緒にいるとイライラしている自分がいることにも気付いていました。母に優しくしたいのに、優しくできない。口数も少なくなって、一緒にいるのに結果的に寂しい想いをさせていたのです。

このままだと、母のことも、母に対して優しくできない自分のことも、どんどん嫌いになってしまう。

そんな想いもあり、悩みに悩んだ末にわたしは母とぶつかることを決意しました。

うまく伝えられない想い

ある日の夜、わたしは母に「一人暮らしがしたい」と伝え、わたしが思っていることを打ち明けました。

母との距離が近すぎて、少ししんどいと思っていること。優しくしたいのにできない自分がいるということ。

でも、長い間、母に自分の気持ちを正直に打ち明けてこなかったわたしは、それをうまく言葉にすることができませんでした。母と面と向かうとやはり悲しそうな顔は見たくないと思い、言葉数も減ってしまったのです。

母に「どうして急に?」「今じゃなきゃダメなの?」「わたしが干渉しないようにしてもダメなの?」と聞かれても、わたしは「どうしてもしたい」としか言えませんでした。自分の胸の中にいろんな想いが渦巻いているのに、それが言葉として出てこないのです。

今思えば、それは母を悲しませたくないという想い以上に、自分自身が悪者になりたくない、つまり「いい子のままでいたい」という想いもあったのではないかと思います。

結局母もわたしも大泣きし、その日の話し合いは一旦終わりました。

そしてその後数日は母と顔を合わせる度に気まずい空気が流れ、一人暮らしの話になってはふたりとも泣き出して話し合いを終えるということを繰り返したのです。

諦めようとしたわたしに届いた母からの手紙

「一人暮らしがしたい」という想いを抱きながら、母にその気持ちをうまく伝えることもできず毎日母の悲しい顔を見るのが段々つらくなり、自分の中で「やっぱり無理だ、諦めよう」という気持ちが芽生え始めました。

ある日、また朝から母と話し合いをしてお互いに大泣きし、わたしはそのまま会社へ出社。仕事をしながら、「もう無理だ」と思い、母に「一人暮らしはやめる」と伝えようと思いながら家へ帰りました。

パートの遅番だった母はまだ帰っていませんでしたが、リビングの机の上には一通の手紙が。

わたしはドキドキしながらその手紙を開きました。そこにあったのは、母からの優しく温かい言葉の数々。一部だけ、抜粋します。

あれから自分でもよく考えた結果、やっぱり「お見送りは気持ちよく」だと思うので、みやはみやの思う通り、思う道を進んでください。

せっかくみやが一生懸命自分のやりたいことを探して見つけられたのだから、お母さんの為に諦めてほしくないです。

だからお母さんは気持ちよくみやを送り出してあげたいです。

がんばれ!やっち!!

手紙を読みながら、涙が溢れ出て止まりませんでした。この数日間で一番泣いた思います。

こうしてわたしは、一人暮らしをすることになりました。

 

To Be Continued …

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